伝統芸術と文化

山東は、中国文明発祥の地のひとつです。現在発見されている最古の山東人は、「沂源人」で、山東の歴史は451万年前に遡ることが出来ます。山東省内で考古学的に発見された北辛文化、大汶口文化、龍山文化遺跡により、今から7000年から4000年前にかけてここに暮らしていた東夷族が母系氏族社会から父系氏族社会、ひいては階級社会へのシフトを実現し、かなり発達した農牧業および手工業を行っていたことが分かります。

山東で発見された中国最古の文字である「大汶口陶文」および鄒平県丁公村の「龍山陶書」によって、文字によって記述された歴史を4000年あまり前まで遡ることが出来ます。数年前にもまた、山東で中国最古の都市国家「城子崖竜山古城」、現存する中国最古の長城「斉長城」、中国最古の甲骨文「桓台県唐山遺跡甲骨文」が数年の間に相次いで発見されました。専門家の考証によれば、山東省はやはり漢唐シルク貿易の主要供給地であり、シルクロードの起点だったのです。

孔子文化

至聖先師孔子は、中国古代の偉大な思想家、教育家、政治家で、2500年余り前に山東省西南部に位置する曲阜市で生まれました。孔子の興した儒家の学説は、中国伝統文化の柱となり、現在でも世界で大きな影響を与えています。孔子はまた、世界10大思想家のトップとも言われています。

孔子は儒家の学説を打ち立て、その哲学思想の核心を「仁」としました。また、「己に克ちて礼に復るを仁と為す」,仁者は「人を愛す」ことを主張し、「恭、寛、信、敏、恵」を仁の内容として「利を見ては義を思う」ことを主張したのです。天道観においては、天命は恐れるべきものだと言ってはいますが、同時に義理人情を重視し、人為を強調しています。認識論においては、「知」、「行」、「学」、「思」等の範疇を打ち出し、認識論の新分野を開拓したのです。
孔子は、一生においてその政治主張を推し進めることに力を注ぎ、教育と古書の整理等の業務を行いました。孔子の死後、弟子によってその考え方が『論語』にまとめられました。儒家思想は、歴史的に2000年余りもの間延々と続き、中国国民の精神上、大切な財産となっています。

宗教信仰

山東の信仰は道教が主流となっています。道教主要観光スポットには、泰山、嶗山、蓬莱閣、昆崙山等があります。魯中西部には仏教が栄えた時期の著名な観光スポット霊岩寺があり、中国の明代には、四大仏教名刹のトップとされました。 青州龍興寺遺跡より出土した大量の石仏造像は、1996年の中国考古10大発見の一つとなりました。カトリック、キリスト教信者は、青島、煙台等で教会、ミッションスクールの旧跡を訪れると良いでしょう。

飲食文化

日常の飲食

山東では、麺類、米を主食としています。米の炊き方は簡単で、蒸す或いは重湯状になるまで煮ることが多いです。また、山東人は小麦粉でマントウ、中華まんじゅう、麺類、揚げパン、花巻、油条、水餃子、シャオビンといった様々な食品を作り、大変人気があります。
食卓にはおかずも必要不可欠です。山東の家庭では、毎食「焼く、炒める、煮る、揚げる」といった手法で季節のおかずを作ります。自家製のさっぱりとした漬け物を漬けることもあります。麺は、長寿の象徴であることから、山東人は誕生日に麺を食べる習慣があります。

酒文化

山東人は、宴席の席次を重んじています。ホスト、副ホスト、主賓、副主賓、第三ゲスト、第四ゲストの順に続きます。ホストとは、接待側のことで、入口から見て正面の位置となり、その宴席の時間や酒の進み具合などを把握します。副ホストは、ホストの向かいに座り、客が酒を飲むよう先導する役割があります。主賓は、最も重要な客であり、ホストの右手側の位置に座ります。副主賓は、主賓の次に重要な客であり、ホストの左手側に座ります。第三ゲストは副ホストの右手側に、第四ゲストは副ホストの左手側となり、順次これに倣います。

伝統的祝祭日

旧正月

旧暦1月1日は、新年1日目であり、元旦、元日という古称があります。早起きして扉を1つ開ける度に爆竹を鳴らし、正門を開けて長い爆竹を鳴らして「出天方(天の方向へ出発すること)」または「出行(出かけること)」と叫び、四方を拝んで開門大吉の吉祥を祈るのです。この「出行」の後は、年越し料理を食べ、お屠蘇を飲みます。また、鶏肉を食べ、これを「至る所にチャンスがある」と言います。
正月1日は、朝食後、親戚、隣近所で互いに「新年の挨拶」に訪れます。主人は、訪れた者をお客様のようにもてなします。タバコを勧め、お茶や果物、菓子類を出し、お祝いの言葉を述べます。1日から15日まで、ないしは正月のひと月の間、各家で親戚、教師・目上の人、友人の家に新年の挨拶に訪れます。早く訪れたほうが良いとされ、俗に「新年の挨拶は十八九日までに行かないと、肉も酒も無くなるよ」と言われ、挨拶が遅くなれば敬意を表していないと思われてしまいます。

元宵節

旧暦の1月15日を元宵節と言い、上元節、燈節とも呼ばれています。1月1日から15日まで各地で提灯や飾り提灯で遊ぶ習慣があります。龍踊り、獅子舞、足長竹馬、飾り船、および地方劇の小唄等、村や家々を回って歌を歌い、銅鑼や爆竹が絶え間なく鳴り響きとても賑やかです。これは、元宵の日の飾り提灯の上演で最高潮となります。

龍抬頭

旧暦2月2日の春龍節は俗に「龍抬頭(龍が頭を上げる日)」と呼ばれ、龍が雨を治め、天候が良くなるという意味があります。女性達はサソリに咬まれないようにという願いを込めて「蝎子爪(サソリの爪)」(豆を水に浸した後、火が通るまで炒めたもの)を作って食べます。男性の老人、子供は災害・病気に見舞われないようにと散髪をして元気な姿を見せるようにします。農村では豊作の願いを込めて竈の灰で「穀物貯蔵用の囲い」を作ります。これらの風習は、今でもしっかりと守られています。

端午節

旧暦5月5日は中国の伝統的な端午節で、「端陽節」とも呼ばれています。端午節の日は虫を除き、魔除けのため、また無事・健康を祈って朝早くからヨモギの草をドアの上に挟んだり、ヨモギで「虎」を編んでマグサの真ん中に飾ったり、身に着けたりします。また、チマキを作って食べるのです。

七夕

旧暦7月7日の夜は、俗に「七夕」と言われています。彦星と織姫星が空の上で1年に1回天の川を渡って会う時間だと伝えられており、「中国のバレンタインデー」とも呼ばれています。
昔、民間では「乞巧(織女星を祭って手芸・裁縫の上達を願う)」風習があったため、「乞巧節」とも呼ばれています。

中秋節

旧暦8月15日は中秋節で、中国の民間では大切な節句です。史書の記載によれば、中秋節は唐代に始まり、その後中秋節に月を祭り、月見をし、月餅を食べるという風習が生まれたそうです。

重陽節

旧暦9月9日は、中国の伝統で来な重陽の節句です。古代の人々は奇数を陽とし、9を1桁の陽の数の極みとして陽を代表する数としたため、9月9日が重陽の日となったのです。この日になると、古代の人々はみな頭にグミを差し、手には菊花酒を提げて山に登っていました。これによって災いを免れ、幸福が訪れると言われているのです。山東の多くの場所ではこの日を縁日と定めているため、街がより賑やかになります。

臘八節

旧暦12月8日は、俗に「臘八節」と呼ばれています。この日は、皆夜明けに起き、どの家庭でも臘八粥が作られるのです。またこの日には「臘八蒜」と呼ばれるものを作ります。ニンニクを洗って自然乾燥させ、砂糖・酢を調合した甕に浸けて日数を置くと出来上がりです。

小年

小年とは、毎年旧暦の12月23日または24日のことです。この日は、旧正月のお祝いを開始と準備の日であり、主に掃年(大掃除)と、祭竈(竈の神のお祭り)を行います。
掃年とは、掃除のことで、実際には家の大掃除をするこ とです。
祭竈とは、竈の神を祭って天に送ることです。1年間お祭りしていた竈の神の像を下ろして燃やすことで、竈の神を天に送ったことになります。現在でも、民間には「糖瓜で竈を祭り、新年が来る」という言葉が残っています。

大晦日

旧暦12月最後の日は、除日(大晦日)で、年関とも呼ばれており、旧暦の1年の最後の日です。この日の夜を除夕、大年夜、大節夜、大尽などとも呼びます。除夕の0時は2つの年の分かれ目です。
外出していた人々も皆、除夕の夜には家族との団欒のため、家に帰って年越しをします。民家は、吉祥を表すため、太陽が山に沈む前に正門に春聯、門神を貼り、扉の上に赤い大灯篭や提灯を吊るし、色絹を飾ります。日常の職人のつけ払いの工賃や、農業・商業の勘定取引は、全て年末に清算する習慣があります。民家を訪れて借金の清算をする者は、その家が春聯を貼る前に清算しなければならないとされており、間に合わなかった場合は年越し後まで待たなければならないとされています。
大晦日には主に爆竹鳴らし、春聯貼り、提灯に灯りをともして夜を明かすなどのイベントが沢山あります。なかでも盛大なのは、先祖を祭る儀式です。午後には家系図(亡くなった者の氏名と享年が記してあります)を掛け、香炉、灯花、長い織物、紙時計、爆竹等を準備しておき、日が暮れる時間になると先祖にお参りします。
除夕の夜は、一家が集まり年夜飯(年越しのご飯)を食べます。年宴、年席を食べる等の言い方もあります。酒やおかずが沢山用意され、爆竹を鳴らして賑やかな雰囲気に包まれます。家長は新年に使えるよう、お年玉を「紅包」というお年玉袋に入れて子供達に手渡します。

礼儀·禁忌事項

挨拶

仕事や日常の付き合いの中で、同僚、友達、お客様に会った時は、「こんにちは」、「お早うございます」、「こんばんは」、「歓迎します」等の祝福や歓迎の意味を込めた言葉を言います。挨拶には、手を振る、微笑み、うなずきによる意思表示なども含まれています。
·  握手。中世ヨーロッパから来ています。現在では、世界の人々とのやり取りの中で最もよく見られ、出会った際の普遍
   的なマナーとなっており、中国でも同様です。
·  抱拳。中国の古くからのマナーのひとつです。男性のマナーとして多用されていましたが、現在ではあまり行われてい
   ません。次第に正式なものではなくなっており、大切な記念日や、相手にお祝いを述べる際にのみ使われています。
·  お辞儀。現在、中国では日常出会った際のマナーとしてはあまり見られなくなりました。

贈答品

山東では、人の家にお邪魔して客となる場合、清潔な服装をして、贈答品を持って行くと良いでしょう。主人に贈り物をする際、主人は最初に、遠慮した後、御礼を言って受け取るでしょう。これが礼儀なのです。主人は、「散財させてしまったようですね!」と言うでしょう。通常、主人は客が帰る際にお返しの贈り物を贈ります。 但し、婚礼、葬式など、場合によって、山東人は西洋人よりもはっきりと客に対し「ここがご祝儀・香典置き場です、ここに置いて下さい」と言うこともあります。

禁忌事項

「禁忌」は、山東の民間では「忌諱」と言われることもあります。毎年、旧暦12月(臘月)から年越しが終わった時期になると、家の中で物を壊すことがタブーとされています。また、年越し、或いは、婚礼、誕生会に参加する場合、「死」、「窮」という言葉を口にしてはならないとされています。
回族の居住地域では、豚肉を食べたり、「豚」に関係する言葉を口にしたりしてはいけません。

東の四季の観光 山東省のベスト民俗風習イベント 空港までのアクセス 孔子の故郷を巡る旅 世界遺産三孔 世界遺産泰山
旅行会社のおすすめツアー