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徳州 Dezhou

文博苑Wenboyuan

山東省徳州市陵県陵城鎮顔城路20号

概要

陵県人民公園の中にある陵県文博苑は、1982年に着工し、1990年10月にオープンした、書のテーマパークです。苑内にある青煉瓦に赤い柱、古典的な趣の建物は全て復元されたもので、牌坊式建築を模した大門が壮大な姿を見せています。2005年7月、文博苑では全面的な修復が行われて苑内は一新され、陵県地方の文化的特色がさらに濃くなりました。中には「書法の巨匠・顔真卿」、「智聖・東方朔」、「可愛い家郷」などの展示室が設けられ、陵県の画家・王書平の美術館もあります。
ここには、北斉、唐、宋、元、明、清などの時代に跨る、中国の書法・碑刻芸術の貴重な宝が保存されています。東の通廊の南端には六角亭があり、中には国家一級文化財・顔真卿の書『東方画賛碑』が収められ、六角亭の向かいには「品」の字の形をなす三つの木製の碑亭があって、正面真ん中の亭には『東方画賛碑』の複製碑、南側の亭には『東方朔墓碑』の複製碑、北側の亭には清の書道家・王鐘霖が書いた『顔魯公画像賛碑』があります。
六角亭の南側の古石碑群には、歴史的な研究価値と書法芸術的価値が高い、宋の徽宗の痩金体御書『賜辟雍詔書碑』と明の『康氏先瑩昭穆記』、清の『平定清海碑記』など貴重な石碑が揃っています。
陵県文博苑に残る『東方朔画賛碑』は、中国唐代の書道家・顔真卿(709—785年)の書で、顔子碑ともいい、高さ2.6m、幅1.03m、厚さ0.22m、大きな碑の四面に刻字され、正面と両側の正文は晋の夏侯湛による『漢大中大夫東方朔先生画賛』正文、後面は唐の顔真卿による『東方先生画賛碑陰記』です。碑陽(表)・碑陰(裏)の碑文はそれぞれ15行、両側はそれぞれ3行、一行につき30字で、漢代の文人・東方朔を褒め称える内容が楷書で、陽額は篆書、陰額は隸書、文字の大きさは6mm、額字は10mm、合計1073字が書かれています。
顔真卿(709—785年)は、字は清臣、号は応方といい、琅琊(現在の山東省臨沂市)の人で、東方朔画賛碑は顔真卿が唐の天宝十三年(754年)に書いたものです。唐の天宝十二年(753年)、奸臣・楊国忠に疎まれ、顔真卿は平原郡(現在の陵県)太守に降格されました。翌年、范陽、盧龍、阿東三鎮の節度使であった安禄山が、平原郡に遊説者を送りました。顔真卿は兵を募り、兵糧を蓄える一方、酒を飲んでだらしなさを装い、使者を油断させます。使者との遊興の際、東方朔碑がぼろぼろになっているのを見て、自ら賛文を書き、石碑をつくり直しました。後に安禄山が反乱の兵を挙げたとき、平原郡だけは守りが堅かったといいます。 
顔真卿がこの碑を書いたのは壮年(45歳)のころ、厳正で力強い筆は、顔真卿の碑の中でも貴重なものです。漢の忠臣・蘇武は、「顔魯公はよく碑を書いたが、東方朔画賛のみ雄渾であり、字が櫛比しながら高雅を失っていない。」といっています。古来より、世人が高く評価してきたこの碑は、1977年、省級重点保護文化財に指定されました。
顔真卿は書法を家学とする名家に生まれ、行書と楷書が特に優れています。彼は王羲之父子の書法芸術を受け継いだ上で、自らの卓識や剛直さにより、魏・晋・清代の奔放な書風を改め、雄渾で落ち着いた書風を打ち立て、「顔体」といわれる我が国の書法芸術史上革新的な書体を生み出し、後世の書道に深い影響を与えました。
顔真卿が平原太守の石碑を立てたのは45歳、壮年のときで、その書法も円熟の境地に達しており、顔真卿が書き直した画賛碑の字体は厳正で力強く、極めて貴重な顔体の代表作とされています。興が乗ったためか、顔真卿は楷書の正文の後に、篆書碑の陽額「漢太中大夫東方朔先生画賛碑」、隸書碑の陰額「有漢東方先生画賛碑陰之記」を加えており、篆書は格調高く、隸書は勢いがあり雄渾です。一つの碑に楷書、篆書、隸書の三体が揃い、精緻な石刻で、顔体字の素晴らしさを示しているこの碑は、貴重な書法作品です。

おすすめ度:★★
観光スポット種類:記念物遺跡 
営業時間:8:30~18:00
費用:10元
住所:山東省徳州市陵県陵城鎮顔城路20号
e-mail:mxn760531@sina.com
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